ギターエッセイ その13 アコギには3つの音があります。


生音,ラインの音,そしてCDの音です。大曲全国花火競技大会の例で検証しましょう。



アコギの音を語る際に相手が何の音のことを言っているのか理解する必要がありますね。

例えば,メールで押尾コータローの音を出したいのですが・・・という人がいたとします。


押尾コータローのライブの音のことでしょうか。


それとも,CDの音のことでしょうか。


それとも,まさか生音のことでしょうか。



押尾コータローの音と言って生音という人はまずいないと思います。

(o^・^o) ウン


ほとんど彼の弾くギターの生音を聞くチャンスがある人はいませんよね。 ライブのアコースティックコーナーのギブソンでマイクを立てて弾く時くらいですよね。

でもそれも厳密には生音ではありません。


岸部さんの音と誰かが言った場合はどうでしょうか。

ライブでのラインの音のことでしょうか。

CDの演奏の音のことでしょうか。

それとも,ライブの後に弾いてくれたりする生音のことでしょうか。 (岸部さんが弾く生音もすばらしいですよ。自分のギターで弾いてもらうと,自分のギターからここまでの音が出るのかと思ったりします。)


2007年の秋田ライブではギブソンのプリウォービンテージによる,生音コーナーを設けてマイクもなしの生音でやってくれました。 この時の音色はもちろんですが,音量も会場を満たすほどで,すばらしいものでした。

アマチュアがギターを弾く環境は圧倒的に生音で聞いている場合が多いように思います。

友達に聞かせたりという場面では生音の人がほとんどではないでしょうか。


もちろんギター教室でもそうです。


実際にアコギの一番の良さは生音にあると思います。

ギターが世界中にこれほど多くのファンを持つというのはやはりその音色にあると思います。

比較的安いとか身近で持ち運び便利というだけではここまで人を惹きつけないと思います。

やはり,大きな魅力は音色にありますね。


(⌒^⌒)b なるほど



アコギの音のシステムはかなり複雑ですね。

1 まずは弦が振動して,弦が鳴ります。

2 ブリッジ付近が入力となってトップボードが鳴ります。

3 中の空気が動かされてバックボードが鳴ります。

4 その振動がまたトップに戻って来て,同時に他の弦の共振を引き出し箱鳴りがサスティーンを生み出します。

5 サウンドホールから音があふれて来て,弦の鳴り,トップの鳴りと混ざり合いアコギの音を作ります。

さらにもっと厳密にはナットからペグまでの弦も共振しています。

弦を弾いてから触ってみればわかりますが,ここも共振しています。 これも音に影響しています。


すると,発展して言えることは,サドルからブリッジピンにかけての短い部分も共振していることになります。

ピックでカリカリ弾けば確かに音が出ますよね。


( ̄Λ ̄)ゞ んむったしかに。


上記1の弦が鳴るというのは指板上でも弦そのものも音を発生しています。


上記2のトップボードというのは,アディロンの鳴りのいいギターなどは顕著ですが,コードを弾いた後にボディの前に腕をかざすだけで対面の人に聞こえる音は変わります。

サウンドホールではなくボディのブリッジから下の部分に手をかざすだけでも変わるんです。

表板のその部分がウーハーのように低音を作り出しているのが良くわかります。

さらに,対面の人には良く聞こえていて,弾き手には聞こえにくい不利な部分もあるのですが,弾き手はボディの振動を感じることが出来ます。 弾き手はネックの振動も感じています。

これも実際は,弾き手が生音を聞いている音に影響を与えていると思われます。


アコギはこのように鳴りがいい物になれば,ギター全体が鳴っています。

それは立体的なものです。言わば3D音響ですね。

それを,CDに録音した物を再生すると・・・平面的な2Dで表現することになります。

3次元を2次元にしているわけですね。


つまり,アコギの生音の良さをCDにしようと思ったら,実は高性能なマイクでその場の音を忠実に拾ったとしても,この立体的に感じられる生音の良さまではどうやっても入りきらないのです。


「(≧ロ≦) アイヤー


それが現実です。

ただギターの生音を沢山聞いてきた人が入るとしましょう。

その人は耳から入ってきたCDの音を脳が補正して,箱なり感まで感じ取ったり,生音のイメージをプラスして聞いているというのが実際のところでしょう。

まったくのアコギの素人には間違いなく,同じ値段のどんなステレオで再生したCDよりも,同じ値段のギターの生音の方が良いと言うと思います。


実際にこれを例証してみましょう。

私の住んでいる秋田市にも雄物川(おものがわ)花火大会があります。

我が家のすぐ近くで行われますし,比較的に空いていますので,花火の真下に近いところまで行けます。


迫力がありますが,やはり,地方の花火です。

(^∧^) スミマセンです。


ところが,秋田県の現在の大仙市で,旧名称は大曲市(おおまがりし)で毎年行われる,大曲全国花火競技大会があります。


これはすごいです。

全国レベルの花火です。

5万人以下の大曲が,その日は70万人になります。


大曲全国花火競技大会


その内容はすごいものです。

全国から花火師が面子をかけて勝負するのです。

何度も優勝している,茨城県の野村花火工業の音楽と花火のマッチングはまさに芸術の世界ですね。

また,入賞常連の長野県の各会社のレベルの高さには驚きます。


しかし,競技なので雰囲気やその時のテーマを大切にすることが当然あります。 そうすると花火的にはおとなしいものになる場合もあります。


芸術性は高いですよ。

協議の合間には,スポンサーが提供する花火があります。

2008年はコカコーラ提供もすばらしかったです。とにかく,勢いがあります。

サザンのサウンドに乗せてただただ景気良く打ち上げますので,見ている方は競技花火よりもある面では楽しいのです。


O(≧∇≦)O イエイ!!


しかし,圧巻は後半の大会提供花火です。

このアナウンスだけで大きな拍手が巻き起こります。

そして,その大会提供はまさに夜空に広大なスケールで繰り広げられ感動して涙が出そうになります。


それを遠くから見たのでは余り感動が大きくないと思います。

河川敷には特別に商工会議所が用意している桟敷席(さじきせき)というのがあります。

このチケットはなかなか貴重です。


ここで見るという非常にすばらしいチャンスがありました。

自分の頭の上で花火が上がるというのは大げさですが,かなり近い表現です。

煙,火薬の匂い,音,打ち上げの度に桟敷席の床のコンパネが揺れる振動,観客の歓声すべてを感じながら見れるのです。


この感動はどう表現すればいいでしょうか。


毎年70万近い人がここに引き寄せられて来るというのが何かを物語っています。

トミーライブも私は涙が出るほど感動します。

でも,音楽や絵画は見る側にもある程度のレベルや経験を要求する芸術ですね。

しかし,花火は誰でも感動できます。世代も,性別も,年齢も,地位もすべてを超えてダイレクトに感動できます。

何とか文章でここまで持ってきましたが,これをでは写真で伝えようとしますとどうでしょうか・・・・。




10号 割り物です。









どん!










パッ!











感動できますか。


ちょっと無理でしょうね。


(T_T) ウルウル




どうやっても写真には花火の感動は入りきりませんね。


自分がもしも大曲の花火を桟敷席で経験した人であれば,脳の記憶でいろんな物を補正して感じることも不可能ではありませんが,桟敷で感じたものはこの写真に1000分の1も入りきりません。



写真を変えてみてもほとんど同じです。

最も感動的であるはずの大会提供ですが・・・





サア・・・( ̄ー ̄∂) ポリポリ




想像は出来るけど・・・




やはり,写真で花火を伝えると,自分が感じた本当の感動が伝わるものにはなりません。


では動画という方法があります。 これはどうでしょうか。

これなら写真よりもかなり有利な点がありますね。 少しは伝わりますよね。


(o^・^o) ウン



でも結局は自分の記憶から想像でかなりの部分を補って感動できるというものです。


何かと比較して感動しているとも言えます。


しかし,大曲花火大会の桟敷席にいたなら何も比較するものがなくても,何の記憶がなくても,ただただ感動出来ます。

人間が作り出せる芸術の中でもこれはスケールの大きい,お金と時間と人間の知恵を用いた集大成であり,わかりやすさではディズニーランドをも超える力があるかもしれません。



話をもとに戻しましょう。


つまり,どうやっても生の感動は記録装置には入りきらないというわけです。


これは画面が大きな映像を見ても同じでしょう。

NASAのスペースセンターで5階建ての高さがある巨大スクリーンで映画を見れます。

宇宙空間から地球が大写しになる映像を見てすごいと思いましたが,実際にスペースシャトルから宇宙を眺めた人にとっては映像には入りきらない感動があるはずですね。


実はギターも同じだと思います。


生音ですばらしいと思ったものを録音しても,どうやってもそのリアルな感動はCDには入り切らないのです。


現在入手可能な最高の性能のコンデンサーマイクで録れば,生音の感動が入り切るかと言えば,やはりそれは違うのです。

それで,CDの音はただマイクで録れば伝わるというものではないんですね。 普通に録音しただけでは,生音の感動を伝えるほどに録音されないんですね。


それよりも,もっとCDの音として生のアコギの音をイメージさせるような音作りまでして初めて本来のアコギの音の感動が伝わると思うんです。

残念ながら,多くのアコギストの方は演奏にはかなり気を使いますが,録音方法はかなり早くからあきらめてというか妥協して,ある程度マイクで録れたら満足というものが多いように思います。


これは非常に残念です。


ダメ! (T∇T )( T∇T) ダメ!



すばらしい演奏,すばらしい技術,すばらしいギターなのに,それがまったく伝わってこないのです。

そういう生の音楽の持つ力にいち早く注目して,CDにもそれを何とか詰め込もうと努力しているレーベルがあります。 ヨーロッパには昔からそういう小さいレーベルが沢山ありました。

日本でもCDでそれに挑戦しているところもあるんです。それはYPMレーベルと言います。

私の音楽観にも多大の影響を与えた太郎さんが主催者です。

自らがミュージシャンであり,調律士でもあり,エンジニアを努めます。 音に対するこだわりはすごいです。



この中でもトゥーファツォーリという山本英次が弾くピアノソロのライトジャズのアルバムはすごいですね。

CDからピアノの音しかしません。再生装置が良ければ,隣の部屋で誰かがピアノを弾いているかと錯覚するかもしれません。 1998年にこの録音を完成していたというのは驚きです。


\(◎∠◎)/オウ~ビックリデース


最近の「アコースティックアート」というアルバムも演奏は個性的ですが,録音は鮮烈です。

それで,ギターの生音の感動をCDにするためにただマイクで録ったのではやはり花火の場合のように完全に伝えることは出来ません。

CDで聞いた時にいい音!と感じるように録音する必要があります。


それには少し強調や補正をかける必要が生じてきます。

マイク位置を吟味しますし,機材も重要です。 編集もかなり大きな意味があります。

もちろんリバーブも必要でしょう。

そして,生音を鳴らしきる演奏技術もある程度必要です。


でもそうすれば,CDでも生音の感動が伝わるようなリアルなものが作れるんです。


それを目指したのがこれアルグムです。

マスタリングを新たにしてさらに高音質になりました。

以前の物をお持ちの方にもぜひ聞いていただきたいと思います。

有名なオーディオアクセサリーという雑誌の評価では10点満点の9.8点です。 これはすごいことです。

しかも,製品版での評価ですので,マスターシリーズという手焼きの方は間違いなく10点を超えることになります。

アルグムのページへ


これを聞けば録音によってアコギのリアルさがどのように伝わるかがわかってもらえると思いますよ。


アルグムはマイクで拾った音をモニターから聞きながら録音していますが,直接弾いているギターの音と後ろから出ているモニターの音が同時にマイクで拾われています。

そのわずかな時間差がナチュラルコーラスとなってうねりを作り出して音に厚みを加えているのだと思います。

さらにラインの音も少し混ぜています。


おそらくこの原理を公開しても,赤坂工芸の芸術的なモニターがなければその再現は無理と思えますので大丈夫でしょう。


(≧∇≦)b OK!


皆さんもチャレンジしてみてください。

モニターの音をかぶらせて,一緒に録音しているのです。

企業秘密も公開してしまうのでした。


アルグムの録音のすごさは今は分析できますが,当時はまったくいい音と感じる感性のみでやっていました。

まだお聞きでない方はぜひ聞いてみてくださいね。


最近のアコギストのCDは残念ですが,リバーブが深すぎて,弦鳴りが足りないものが多すぎますね。

おそらく,雰囲気を出したいのだと思いますが,弦鳴りとのバランスが重要ですね。


弦鳴りだけだとそれも音楽に入り込めません。

でも,リバーブ深過ぎの甘いサウンドになるとこれまた弦の響きの感動がなくなります。

気持ちがげんなりします。


♪~( ̄ε ̄;)


弦のリアルさは譲れません。 でも,リバーブの余韻は欲しいのです。

そのMIXのぎりぎりのバランスを見極めるのが難しいのですね。

つまみの位置をひとつ間違えばすべてが台無しになることもあります。


時計で言うと,MIXつまみが47分の位置はOKですが,48分になったらアウトくらいシビアな場合もあります。

そういう観点でCDを考えると,それはギターをただマイクで録るというものではなく,ギターの生音の感動を伝える音楽CDを作るというさらにクリエイティブな作業のようにも思います。


マイクの位置を考えて,編集のソフト,リバーブの深さ,その他すべての要素を考慮して感動的なCDを作るという作業です。

それはプロだから出来るわけではありません。


自分のいい音の感性を信じて試行錯誤すれば自宅でもかなりの高音質で録音は可能になりますね。


タク録の限界に迫るへ



結論

生音とCDの音は別のものです。

いいマイクで録ればギターの音が録れるわけではありません。

だからこそただマイクで録るだけはなく,さらに生音の感動が詰め込まれるように録る工夫をしたいものですね。

ギタリストの皆さんもぜひ録音にこだわりを持ってみるのはいかがでしょうか。

いいギターが演奏者に感動を与えていい演奏が出来るように,いい音のCDはリスナーを感動させてまた聞きたいと思わせますよ。

プロの常識に縛られず本当にいい音を追求しましょうね。

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